月刊!? 夢うつつ…ジプシーの日々
                    ●※よろずライターにして謎のプロレス業界人~その酔狂で波乱万丈な日常
プロフィール

GypsyJohnny

Author:GypsyJohnny
職業:ライター&エディター。
 浮き草稼業歴約20年。謎のプロレス業界人として暗躍?(某F紙元記者)
愛猫家。adiラー(originals)。

心の師:放浪の殺し屋
少年時代のアイドル:黒い呪術師
男としての憧れ:戦慄のヒットマン

ニックネーム:ペンネームは「丈」(ジョー)なのに、なぜか(ごく)一部から「ジョニー」と呼ばれている……(某レスラーの“好きな有名人”。ちっとも有名じゃあないけど、何か!?)

スポーツ歴:ウェイトトレーニング
 (茅ヶ崎TSG元100kg会員)、
 なんちゃって空手

趣味:☆を見ること(笑)、
 ☆と語らうこと(爆)、
 鉄道旅(時刻表検定5級)、
 パンフ製作

好きなアーティスト☆:
 Kylie Minogue
好きな熟女☆:
 夏樹陽子、池上季実子、松原智恵子、高木美保、草刈民代
好きな女子アナ☆:赤江珠緒
好きな気象予報士☆:寺川奈津美
好きな女海賊☆:メリッサ(小早川知恵子)
好きなネットTV番組:「おっきなコバコ。」

愛唱歌:『JUMP』(忌野清志郎)、『MASQUERADE』(聖飢魔Ⅱ)、『男ばなし』(森進一)、『ど根性でヤンス』(梅さんのテーマ)


Standing on broken Dreams,
Chasing un・broken Dreams.
office Dreams since1999
      office_dreams@yahoo.co.jp  



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10年前の冬
 あちこちで触れられていると思うが、10年前(1999年)の1月31日といえば、“東洋の巨人”ジャイアント馬場が61歳で世を去った日であり、その同じ日に後楽園ホールで闘龍門JAPAN(ドラゴンゲートの前身)が日本逆上陸第1戦(事実上の旗揚げ戦)を開催している。
 馬場逝去の事実は1日伏せられ、公表に踏み切られたのは翌2月1日。当時、週刊ファイトの記者だった筆者は、日曜の昼12時に開始された闘龍門1・31後楽園の取材を終えて帰宅後、ビッグニュースを知るよしもなく、翌月曜朝の締め切りに試合レポートを間に合わせるべくワープロへ向かった(月曜は特に締め切りが早かったのだ)。
 さて、翌日の月曜になって馬場さんの死が明るみに出たものだから(正式発表は夕刻)、その日が全体の締め切りとなる専門週刊紙誌ご三家(ファイト、週プロ、ゴング)の編集部は、表紙(1面)の差し替えから何やら、もう大変な状況に陥ったわけだ。
 その渦中で、大阪に本拠を置くファイトの首都圏在住スタッフとして、さぞかし目まぐるしく動き回ったことと思われそうだが……はっきり言って、この時ほど疎外感を味わったことはない(苦笑)。実際、2月1日からの1週間は、ファイトの記者を務めていた期間の中で最も仕事が少なかった。
 そこにはファイト特有の事情があって、そのことについては機会を改めて詳述するとして、とにかく暇だったので、試合中のアクシデントで足の筋肉を断裂して手術を受けた某選手の療養先を訪ねた。案の定「大丈夫なの? こんな時に」と見舞った側が心配されてしまったが、やはり自然と馬場さんの話題になり、その時に彼が漏らした一言が妙に印象に残っている。
  「しかし、巨人症としては、おそらくギネス級の長生きだね」という、本人としては別に悪気も何もない率直な感想を聞いて、なかなか鋭い指摘だと感心したものだが、おそらく一般的には不適切な発言と思われてしまうんだろうなぁ…。 
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’08MVPだ! 弾丸・田中
 謹賀新年。さて、前回の冒頭で触れた通り、大みそかの昨日は新木場へ。午後1時開始の大仁田興行に顔を出した。考えてみれば、去年は元日から試合会場(ゼロワン・後楽園ホール大会)に出向いていた。10月以降は現場に足を運ぶ回数が激減したものの、なんだかんだ言ってプロレスで明け、プロレスで暮れた2008年だった。
 そして、その両方の大会に出場していたのが、田中将斗。元日から大みそかまで(大仁田興行のメインを終え、午後8時開始の「プロレスサミット2008」後楽園ホール大会にも出場)、八面六臂の大活躍ぶりだった。
 08年の田中は、いきなり1・1後楽園で関本大介とベストバウト級の激闘を生み出し、1・4東京ドームを機に本格化した新日本との対抗戦ではゼロワンのトップとして中西、金本、真壁を連破、知名度も格段にアップした。その一方で旧師・大仁田と久々にタッグを組み、かつて慣れ親しんだデスマッチのリングで縦横無尽に暴れるなど、プロのレスラーとして振り幅の広さを示した。
 「オレは元々、こういう闘いが好きで入ってきた人間やから」とは、大仁田興行10・18新宿FACEで有刺鉄線タッグ戦に出場した田中のコメント。そこには、自信に裏打ちされた一種の余裕さえ感じられた。
 識者間ではFMWの若手時代から高い評価を集め、すでに実力者として認知されていた田中だが、キャリア15年にしてさらに一段上へと飛躍した。2008年の1年間に最もブレイクを遂げたプロレスラーであり、年間MVPの働きを果たしたと、個人的には見ている。
 真のインイベンターは一朝一夕に育たない。だからプロレスは難しいし、捨てたものじゃない。業界全体が低迷をかこつ中、こうして自力でステータスを上げるレスラーもいることを、改めて認識する必要があるだろう。





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